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アヒルと鴨のコインロッカー
アヒルと鴨のコインロッカー図書館で借りてきました。「現在」と「二年前」という二つの時間軸が交差する物語。二人の青年がいきなり本屋を襲う、それもたった一冊の広辞苑のために。そんな出だしで始まるため、一見奇をてらった趣向の類なのかな?と疑いたくなるのですが、そんな突拍子もない行為の裏側に大切な意味が隠されており読み進めていくうちにそれが判ってくると同時にとりかえしのつかない悲しさがじわじわと押し寄せてきます。

暴力や死といった描写がからむとどうしても目をそむけたくなるもので、昔だったら読めなかっただろうなと思います。この小説でも動物虐待にからむ展開が用意されているのですが、これに良く似た事件も現実社会では実際にあったわけで。人がいつ、どんな瞬間にこんな暴力性を発揮するのかは想像もつかないのだけれど、せめてそういった行為を自分の心の中で想像して自分自身でその痛み、悲しさを擬似痛感する。それが出来るうちはまだ大丈夫なのかな、そんな想像力を無くしかねない世の中だからこそ作家の人たちも意を決して暴力性を取り上げていこうとしているのかなと思います。

ブータンの青年の持つ宗教観がところどころで説明されていたのですが、違った風土、歴史、言葉、環境などによって培われた宗教観の違いに今更ながら面白いなぁと思いました。日本でいう宗教=仏教(私の場合ですが)ってどうしてもお葬式、法事などでしか意識しない対象になりがちだと思うし。
輪廻転生とはすごく素敵な考え方だけれど、それを真っ向から信じるにはそれなりの土台がいるわけですね。

主要キャラクターの織りなす洒落たウィットに富んだ会話はあくまでも小説という架空の世界だからこそ、その持ち味が生かされるのだと思うのですが、単なる不思議ちゃん的なキャラクターで終わっていないのはそれだけ説得力のあるセリフをさらりと吐いているからなんだろうなぁ。
独特の主義、思想の持ち主がそのスタイルを捨ててまでも何かを証明しようとする行為にはどうしようもなく切ない悲しさがあったりします。
主人公達が向かおうとする終末に気をとられてしまいがちですが、ミステリー小説としての読者を欺くプロットはかなり好きなパターンでした

読み忘れている部分がきっとどこかに残っている、だからまた読み返したい、そんな小説でした。
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アヒルアヒル(鶩または家鴨、英名:Duck)は、カモ科のマガモから人為的に作り出された家禽(かきん)で、水鳥である。用途は愛玩、食肉、採卵、羽毛採集である。日本では公園などの池に放し飼いにされているほか、ペットとしても飼われている。野生のマガモを飼いならし
[アヒル]について | 動物辞典 | 2007/03/26 7:20 PM

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